職業感染 相談例から

 労災とか、職業感染というと小難しくてとっつきにくいだろうと考え、以前私が受けた相談と、それに対する回答を例に出す。読者のみなさんの勤務する施設でも、遭遇する可能性が高く、普段から考えておかなくてはならない事態だと思うのだが、どうだろうか?

質問事例

 うちの施設では現在「疥癬対策マニュアル」を作成しています。職員が感染した場合にどう対応するかについても載せようと思います。職員が疥癬に罹ったら、休みをとる必要があるんでしょうか?必要であれば、どのくらいの期間が必要でしょうか?

makikuniの回答例

 のっけから煮え切らない答えで申し訳ありませんが、この問題はマニュアルに「○○だったら××」式に載せる訳にはいかないと思います。
疥癬にかかった職員から入所者が感染するのを防ぐ」という趣旨でのご質問だと思いますが、職員が疥癬にかかった場合、実はそれ以外にも、下記のような問題も考慮しなくてはならないことを忘れないでください。
一つは職員のメンタルな問題です。疥癬にかかると職員の方はショックを受けます。患者ケアを行うことで再感染するのではないかと不安に思われる方も多いです。そのとき雇用側が高圧的に出たり、一貫性のない方針をとったりすると、職場に対して不信感をもたれることが多々あるようです。
 次に誰が治療費を払うかとか、さらに休業を命じる場合休業補償をどうするかなどという問題が出てきます。疥癬性感染症でもありますが、施設職員の方の場合、多くは職業感染です。つまり介護・看護を行っている職場の疥癬には「労災」としての側面があるのです。職務に携わる中で感染したのであれば、治療は労災として雇用者側が支払うことになります。疥癬に労災認定が認められたケースが東京都で実際にありました(労災による治療費の支払いは常勤職員だけでなく、非常勤、パートの方も対象になります)。
 疥癬には性感染症としての側面もあるので、労災認定に際しては、医師がその職員の方に「あなたのセックスのパートナーは疥癬にかかっていませんか?」などと訊かざるを得ない場合もあるでしょう。職員の方のプライバシーにも配慮が必要ですね。
 最初の「疥癬にかかった職員は休業すべきか、だとしたらどのくらいの期間か?」という問題に戻りますと、日本にははっきりした基準がありません。アメリカではCDC(疾病予防管理センター)が「疥癬と確定診断された職員は、適切な治療を受け、医師に治療効果があったと判定されるまで患者ケアからはずす」ことを推奨しています。しかし、具体的に何日間業務を休むかについては明記されていません。また勧められているのは「患者ケアを行わない」ことで、「休業」ではないことにも注意が必要です。つまり直接的な患者ケアをしないなら休む必要はないのです。
 さて患者ケアを休む期間ですが、私はどんな薬で治療したか、とか、他の皮膚病を合併していないかなどで異なると考えています。たとえばオイラックスで治療する方が、γ-BHCで治療するよりも治癒までに時間がかかります。また疥癬以外の他の皮膚病を合併していると、治癒判定が難しく、休業期間が長くなる可能性があります。
 さらにその職員の方がどんな患者さんをケアしているかで、判断が変わる可能性があります。たとえば長期にステロイドを使用しているなどで、感染症にかかりやすい状態の方のケアを行う場合は慎重になると思います。
 職員の疥癬罹患に関しては、上述のような諸問題があり、ケースバイケースで対応するしかなく、私は一般職員向けのマニュアルに記載するのにはなじまないと考えています。むしろこれは施設の運営責任者・管理者側が危機管理の一つとして平素から知識を得、考えておくべき問題だと思います。