第5回 疥癬という病気について学ぼう その1 なぜ痒くなるのか?

 前回はあなたの勤務する施設で疥癬が見つかった場合の対処法について述べた。疥癬の患者が見つかったら、最優先で行うべきことは、他にも患者がいないかチェックすることである。患者が見つかったら、治療は医師の役割であるから、この連載では細かい説明はしないことにする。入所者が疥癬であるといわれたら、施設職員である皆さん*1頭の中には「掃除はどうするの?普段どおりでいいの?」、「ショートステイは今までどおり受け入れていいの?」などなど、さまざまな疑問文がうずまくことだろう。
 このブログでは研修会などと違って、情報のやり取りが一方通行になってしまうので、あまり細かい説明はしないつもりである*2。そのかわりここでは、いったい疥癬というのがどういう病気で、なぜ痒くなるのか?患者さんにとりついているヒゼンダニにはどんな習性があって、どんな弱点があるのか?など、疥癬という病気そのものについて説明することにする。なぜなら病気が起こってくる仕組みを理解していると、どうして感染防御措置を行わなくてはならないのか、理解しやすくなると考えるからだ。なるべく難しい医学用語は使わないようにするので、しばらくお付き合いいただきたい。

疥癬にかかるとなぜ痒くなるのか?

 疥癬は痒い、「ダニが皮膚に取り付くってんだから、痒いんだろう」と、思う人もいるかもしれない。ヒゼンダニが蚊のように刺すから痒くなると思っている人もいるかもしれないが、ヒゼンダニは吸血などしない。ただ皮膚に取り付いて暮らしているだけだ。ではなぜ痒くなるのだろう?
 疥癬で痒くなるのは、ヒゼンダニに対するアレルギー反応が起こってくるからだ。大雑把に言ってしまえば、自分に都合の悪い免疫反応がアレルギーである。以前にめぐり合った細菌やウィルスなどの病原体を迎撃しようとするのが免疫である。アレルギーを含む免疫反応を引き起こすものを抗原と呼ぶが、抗原は病原体でなくても分子の大きさや構造が病原体に似ているもの、たとえばスギ花粉などに対しても起こることがある。疥癬ではヒゼンダニに対して免疫反応が起こるわけだが、残念ながらこの場合の免疫反応はダニを絶滅させるまでにはいたらず、ひたすら痒いだけ(実は健康なヒトが疥癬にかかった場合、無治療でも約半年間で自然治癒するらしい。しかし治るまでの間むちゃくちゃ痒いので、治療法が存在する現代に試す人はいない)というやっかいな事態になる。

疥癬にはなぜ一ヶ月間も潜伏期があるのか?

 ヒゼンダニが取り付いてもすぐには痒くならない、痒くなるのは約1ヶ月後だ*3。免疫は初めてめぐり合うものに対してはすぐに反応せず、感作(かんさ)といって「こいつは敵だぞ、侵入したら迎撃せにゃならんぞ」と覚える時間がかかる。疥癬では約一ヶ月間の潜伏期に、ヒゼンダニに対する感作とダニの繁殖による抗原量の増加が起こっている疥癬に2回目以降に罹ると、潜伏期が短縮するといわれるのは、すでに感作が起こっているからである。

ダニはどこに潜んでいるのか?軟膏を全身に塗らなくてはならない理由

 ではにっくきヒゼンダニはどこに潜んでいるのだろうか?ヒゼンダニは性別と成熟度によって居場所が異なっている。オスと交尾後のメスは、前回も説明した「疥癬トンネル」に潜り込んで産卵を続ける。オスと幼虫は、メスのように一箇所にとどまることはなく、ヒトの体表を歩き回りながら、配偶者を探したり、脱皮したり、(いやな話だが)糞をしたりしては短時間で移動している。そして、この皮膚の上に残されたダニの抜け殻や糞に対してアレルギー反応が起こって、ボツボツができたり痒くなったりするのだ。脱皮の抜け殻や糞に反応して発疹ができる頃には、ヒゼンダニはすでに移動してしまって発疹の箇所にはいない可能性が高い。だから発疹のあるところだけに薬を塗っても意味がないのだ。
 なおヒゼンダニは首から上には寄生しないので、軟膏を塗る場合は首から下だけでよい(ただし重症の角化型(ノルウェー疥癬では首から上にも塗らなくてはならない)。ヒゼンダニがなぜ頭部に寄生しないのかについてはダニの専門家の間でもまだ決着がついていないが、ヒトの頭部にはニキビダニが先住者でいて、ヒゼンダニが勝てないからだという説がある。
疥癬

*1:この記事の初出は「シルバー新報」という業界紙だったので、読者層として特養・高齢者施設の職員を想定していた。web掲載にあたっても同じ想定(仕事で高齢者の集団と関わっている人でnot医療関係者)で加筆・修正している。

*2:質問があったらコメント欄とかに書いてください歓迎します(^^)。

*3:介護職の方などから「疥癬の利用者さんをケアした直後から痒くなったんですが、疥癬ではないでしょうか?」という質問を受けることがあるが、まず疥癬の潜伏期についての説明をすることにしている。ダニによる皮膚病ということで、刺されてすぐに痒くなるというイメージがあるみたいです