第6回 疥癬を学ぼう その2 弱点はどこだ?

メスヒゼンダニ成虫の顕微鏡写真

 疥癬に罹ると痒くなるのは、皮膚にヒゼンダニがとりついてアレルギー反応が起こるためであることを前回述べた。今回は、疥癬の感染予防対策の前提知識第二弾として、ヒゼンダニの習性と弱点を解説する。疥癬対策に役立ててもらいたい。

掃除や洗濯より、皮膚科診察を!

 疥癬と診断され、その原因がダニと聞くと、人は服を洗濯したり、室内に殺虫剤を撒いたりしたくなるもののようだ。
 おそらく「ダニ」というと、ハウスダストのダニや、ヒトを刺して吸血するイエダニなどのイメージがあるからだろう。例えば、ハウスダストに含まれ、アレルギーの原因となるチリダニの仲間は、じゅうたんの上などに住んでいて、ヒトのフケや垢などを食べて生活している。イエダニはネズミに寄生するダニだが、ネズミから落ちたダニがヒトを刺すことがある。疥癬患者の発生した施設で、よく布団の日光乾燥や殺虫剤の散布が行われるのも、チリダニやイエダニが床の上や寝具に潜んでヒトに害をなすイメージが先行してのことなのだろう。
 しかし、ヒゼンダニは生まれてから死ぬまでの一生をヒトの皮膚の上で暮らす真寄生性のダニであるため、布団や住環境に対する対策の重要度は低い
 ヒトの体表は湿度ほぼ100%、37℃であり、このような快適な環境に適応したヒゼンダニはじゅうたんの上で暮らすダニに比べて外皮が薄いのである。そのため、低温や低湿度に弱く、25℃で動きが鈍くなり、16℃ではほとんど動かなくなってしまう。最高のコンディション(低温・高湿度の実験室での条件)でも二週間ほどしか生きられない。普通はヒトの体表を離れると、2時間から3時間で感染性(=次の宿主にとりつく力)を失い、その前に運良くヒトに拾ってもらえなかったダニはすみやかに死んでしまうのである。しかも写真を見て頂いておわかりの通り、敏捷性に欠けるプロボーションをしているので、ノミの様に床からヒトに跳び移るような芸当はできない。誰かがヒゼンダニのいる床の上で寝てくれでもしないと、乗り移れないのだ。(角化型疥癬では患者の皮膚から落ちる落屑*1の中にダニが多数存在している。落屑がダニの団体さんの乗り物のような形になって、感染が起こる)。
 だから疥癬対策の最優先事項は、ヒトの皮膚にとりついているダニをたたくことであり、衣類・リネン類や居室などにいるダニは、極端にダニの数が多くなる角化型疥癬の時以外は気にしなくてよいのである。
 疥癬の治療にあたってはヒトの皮膚に殺虫剤を塗ることになる。部屋に殺虫剤を撒くのとは異なり、薬剤の副作用等も考慮した上で使用しなければならないから、医師の判断が必要である。余談だが、ヒトの皮膚に使える殺虫剤というと、「虫除けスプレーはどうですか?」という質問を受けることがある。虫除けスプレーの主成分のディートは、吸血する害虫の吸血行動を麻痺させる薬であって殺虫剤ではない。さらに前回も説明したように、ヒゼンダニは吸血する訳ではないので、疥癬には予防・治療ともに無効である。疥癬の治療薬はすべて医師の指示の元で使用しなくてはならない薬である。
 何度も言うが、疥癬患者が見つかったら、シーツを洗濯したり、掃除したりするより何より先に、皮膚症状のある入所者を医師に診察してもらうことが先決である。

ヒゼンダニの顕微鏡写真

これは体の大きいメスで0.4mmほどある。体内の卵が透けて見えるほど外皮が薄く、半透明であるから肉眼では見えない。また足が短く、外向きに並んでいて、しがみつく力も弱いであろうことが伺える。
疥癬

*1:「らくせつ」と読む。角化型疥癬では角化が亢進して落屑がぼろぼろ落ちるが、落ちた大きくて厚いフケのような角質をこう呼ぶ。