疥癬治療薬その3 イベルメクチン

 今回は疥癬の唯一の内服薬、イベルメクチンについて解説する。

イベルメクチン(ivermectin)

 イベルメクチンはマクロライドという抗生物質に近い薬だが、細菌を殺す作用はなく、線虫(フィラリアなど)やダニ・昆虫などの神経を麻痺させる作用がある。ヒトは虫と神経のしくみが異なるので、イベルメクチンは人間をはじめとする温血動物には毒性が低く、犬のフィラリアにも広く使われている。人に対しても、主に熱帯の国々で寄生虫病の治療に使われている。日本では2002年秋に、糞線虫という、沖縄で見られる線虫による寄生虫病の薬として発売された(糞線虫に対しては保険適応)。
 イベルメクチンが疥癬に対しても効くという報告があり、現在のところ疥癬に対する唯一の飲み薬として期待されている。フランス、メキシコ、オランダなどの国々では、イベルメクチンによる疥癬治療が健康保険でカバーされるようになった。日本でも2005年3月に特定療養費*1という制度の下に、届け出をすれば疥癬治療に使えるようになったが、2006年4月現在も保険適応外である。
 飲み薬であるということは、塗り薬のように全身に塗る手間がかからないメリットがある。反面、疥癬に使用する場合は内服して、消化器から吸収され、皮脂や汗に混じって皮膚に分泌されて効果を発揮するため、消化器の機能が低下しているは患者では効きが悪い可能性がある。また皮膚に移行する前に全身に行き渡るので、副作用が心配である。またイベルメクチンは体重15kg以下の小児には使えない。イベルメクチンはGABAという物質で作動する神経の作用を妨げることで虫の神経を麻痺させる。ヒトにはGABA作動性神経は血液脳関門という脳をさまざまな薬から守るバリアの内側にしかないが、小さい子どもの場合この血液脳関門が未熟だと考えられているからだ。
 飲み薬であるという使いやすさからか、イベルメクチンの出荷量は増えているようだ。ただオーストラリアからの報告*2で、イベルメクチンを多数回投与された患者さんからイベルメクチンが効きにくい疥癬が見つかったという報告もあり、安易な使用は慎むべきだろう。
 私もイベルメクチンを集団感染に使用した経験があるが*3、確かに疥癬に対する治療効果は高いが、治療効果は100%ではなく、再発・再燃も少なからずみられた。まあ外用剤で治療しても疥癬は再発・再燃の多い病気だが、イベルメクチンを「夢の薬」と考えて患者さんに飲んで頂いたら、それで終わりなどとは思わずに数ヶ月単位で再発がないかフォローするつもりで使った方がよいと思う。
疥癬

*1:特定療養費制度:日本の健康保険制度では保険適応外の医療サービス(自費診療)を行うと、同時に提供された保険適応のサービスの保険支払いも受けられなくなる。特定療養費制度で認められた薬剤を使用する際には、この例外となり、薬剤費(自費)と保険診療を併せて実施することができる。制度の適用を受けるには、医療機関があらかじめ社会保険事務所に届けるなどの手続きが必要。疥癬にイベルメクチンを使う場合、イベルメクチンの薬剤費は患者さんに実費を負担して頂くことになる。

*2:Currie, BJ et.al, First documentation of in vivo and in vitro ivermectin resistance in Sarcoptes scabiei.Clinical Infectious Diseases,39(1),8-12,2004

*3:くわしくは筆者らが疥癬に対するイベルメクチン使用経験についてまとめた論文を参照して欲しい。○大滝倫子ら,高齢者施設での疥癬の集団発生に対するイベルメクチンの治療効果.臨床皮膚科,59(7),692-698,2005. ○牧上久仁子ら, 精神科病院における疥癬集団発生対策-予防的治療実施と疫学的検討. 日本衛生学会誌,60(4):450-460, 2005.