ケア記録と感染症管理

 前回は筆者がとある高齢者福祉施設で見た「転倒による外傷予防のための雑魚寝部屋」を例に、医療関係者の目で見ると介護施設には「高齢者の集団生活」というリスクに対応できていない面があることを指摘した。筆者が今まで病院、特別養護老人ホーム、有料老人ホームなど、いろいろな施設での疥癬集団発生をみてきて、介護・福祉施設が改善した方がよいと思われる点がもうひとつある。それは入居者に関する記録のしかたとその管理である。病院でいうならカルテ・看護記録にあたるものである。

 医師法24条では、診療録(=カルテ)を書き、五年間保存することを医師の義務として規定している。看護記録に関しては、保健師助産師看護師法には記載義務の規定はないが、健康保険から看護料の支払いを受けるために患者の経過記録や看護計画を書くことが求められている(これは法律ではなく、保険局長通知)。カルテや看護記録に何を書くかとか、その書式とかは病院ごとにバリエーションがあるだろうが、それを書いて保管するのは義務である。
 読者の中には「カルテや看護記録と疥癬にいったいどんな関係があるってんだ?」と思われるかもしれない。それが大ありなのだ。
 本連載で何度も述べてきたように、疥癬には約一カ月(ときには三カ月近い)潜伏期がある。だから、疥癬の集団発生の対策を立てるに際しては、患者さんに発疹が出始めたのはいつごろか、角化型疥癬の患者と接触があったかどうか、ステロイド剤を飲んでいないか、ステロイド入りの軟膏を塗ったりしていないか、などなど、「数カ月単位で過去に起こったできごと」が重要な情報になる。どんな人でも、一カ月以上前のことになると記憶は不確かになるものだし、集団感染であることが判明するまでは「疥癬」の「か」の字も疑っていない施設がほとんどだから、矢継ぎ早に上記のような質問をされてもすぐには答えられない。そんなときに役に立つのが、カルテや看護記録なのだ。
疥癬