感染症と高齢者施設 その1

 今回と次回は「感染症の基礎」の第2弾として、感染症のリスクという面から高齢者施設を考えてみたい。読者の皆さんの大部分は高齢者施設でお仕事をされているのだと思うが*1病院と老人ホームでは共通する点が多い。たとえば他人の援助を必要とした人々が集団で暮らしていることがあげられる。実は感染症対策の視点から見ると集団生活そのものがリスクになるのだ。
 どういうことか説明しよう。疥癬などの感染症は、人から人にうつる場合が多いので、人が集団で暮らす場で伝播する可能性が高い。とくに抵抗力が弱っていたり、感染予防のための行動をすることに制限があったりする人々が集う場では注意が必要である。「院内感染」という言葉は、専門用語の枠を超えて、すでに一般名詞になってしまった感がある。この言葉は病院という集団生活の場が宿命的に感染症のリスクを負っていることを端的に表している。

高齢者施設と病院は違う

 しかし、病院(話をわかりやすくするため、ここでは病院=急性期病院と限定する)と高齢者福祉施設は同じではない。たとえば老人ホームでは開腹手術は行われないし、入所者一人あたりの抗生物質の使用状況は、病院で患者一人あたりに使われるのと比べれば、量・種類ともずっと少ないはずだ。
 手術によって普段は外界から遮断されている臓器が手術器具や術者の手と接触するので、どんなに注意しても感染のリスクを高めてしまう。だから手術の前後には厳重な感染予防処置を行う必要がある。さらに手術のような侵襲(しんしゅう)的な医療行為は患者さんにとってストレスになり、感染症に対する抵抗力を弱めることがある。
 また病院には抗生物質を投与されている患者さんが多い。そういった患者さんはなんらかの感染症にかかっていてその治療のために抗生物質の投与を受けているわけだが、他の感染症にもかかりやすい状態にある。抗生物質を使用する頻度が多いと、薬剤耐性菌(抗生物質が効きにくい菌)の出現率が高くなる。病院は念入りに消毒が行われ、抗生物質が使われているから清潔だというイメージをもっている人がいるだろうが、実はその逆で、感染症のリスクが高いから対策が取られているのだ。だから病院用に作られた院内感染マニュアルをそのまま高齢者施設で使用すると、過剰防衛になってしまうことがある。
 また病院と高齢者施設では、注意が必要な感染症もやや異なる。急性期病院で問題になる薬剤耐性菌(MRSAVREなど)は高齢者施設では大きな脅威ではない。なぜなら高齢者施設ではこれらの耐性菌につけ込まれるような重症者や、静脈カテーテルなどの医療器具を長期に留置している人が少ないからだ。
(この稿続きます)

*1:もともと「疥癬パニックからの脱出」は「シルバー新報」という、高齢者施設の管理者等が主たる読者の業界紙に掲載されました