感染症の基礎知識 その2

 たとえ病原体が体内に侵入定着して、「感染が成立」しても、病気になるとは限らない。病原体が体内に侵入して定着・増殖しても症状が出ない不顕性(ふけんせい)感染という状態がある。発病しないのは発病するために必要な数まで病原体が増えられないからだ。逆に発病して症状が出る感染症を顕性感染という。例えば、日本脳炎を発病するのは感染した人の1000人に一人といわれている。つまり圧倒的に不顕性感染が多い。逆に麻疹(はしか)では感染者はほぼ100%発症する。
 では同じ病原体に感染しても不顕性感染で症状もなく治癒する人と、顕性感染になり病に苦しむ人を分けているのは何なのだろうか?それは侵入した病原体の数と、その人の抵抗力である。以下の「感染症の不等式」の表を見ると理解しやすいかもしれない。


病原体数 ×

かける
感染力 宿主の抵抗力

(免疫)は普通
顕性感染
不顕性感染
感染起こらない
感染力も病原性も弱いんだけれど > 宿主の抵抗力が思いっきり弱い 日和見感染
病原体が普通の抵抗力を持ったヒトに対してはめったに病気を引き起こさない微生物(弱毒病原体という)でも、ヒトの側の抵抗力が極端に弱くなれば「感染症の不等式」の左辺の方が大きくなり症状をおこす病気が起こる。これを日和見(ひよりみ)感染という。たとえば大きな外科手術後の患者さんがセラチアという、健康な人には病原性がほとんどない菌による肺炎にかかってしまうことなどは日和見感染の例である。
 感染症は他からもらうものだけとは限らない。感染症は他人や飲み水など環境由来の菌による外因性感染と、患者自身に由来する内因性感染とに区別できる。たとえば高齢者に多い誤嚥性肺炎は、誤嚥により口腔内の常在菌が気道に入ることで起こる内因性感染であることがほとんどだ。感染症は「うつされて起こるものだけではない」のだ。
 内因性感染は多くの場合免疫力が弱ったり、常在菌のバランスが崩れたりしたときに、日和見感染として起こってくる。いままでおとなしく体内に潜んでいた菌が暴れだす、と言えばイメージしやすいのではないか?高齢者の結核の多くは、本人が若い頃に感染して、何十年もおとなしくしていた結核菌が、免疫の低下に伴って息を吹き返して発症する、内因性感染である。施設の高齢者が結核になった場合も、職員や他の高齢者からうつされた可能性は低い。結核感染の危険はむしろ若い職員の方が高いので注意が必要だ(詳しく知りたい場合は保健所に相談してみよう)。
 感染症が起こるかどうかは、病原体側の病原性、感染性や、人の側の抵抗力などいろいろな要因が絡み合って決まってくる。子供の「エンガチョ遊び」のように、「さわる→細菌付着→感染成立」といった単純なものではないのだ。