感染症の基礎知識 その1

 以前ある高齢者施設の管理者が「感染症管理のキホン中の基本」がわかっていなかったと書いたが、感染症の基本とはどんなことなのかについては説明を省いた。そこで今回から何回かに分けて、高齢者施設で働く皆さんに知っておいてほしい感染症の基礎知識の解説をしたい。これを読んで「ああ、感染症ってこんなものなんだ」とおおまかな概念をつかんで頂ければ幸いである。

「感染」とはなにか?

 そもそも感染っていったいなんだろう?「病原微生物が生体内に侵入して定着、増殖し寄生状態になること」だ。これだけだと難しそうで、なんかぴんとこないだろうから説明しよう。
 「病原性微生物」がとりつく場合に限定しているのは、腸内に善玉のビフィズス菌が定着していても迷惑ではなく、むしろとりつかれる側(宿主)も助かって大歓迎だからだ。悪さをする菌やウイルスに住み着かれてしまった場合だけが「感染」なのだ。
 「生体内に侵入して定着」ということは、一過性に付着しただけでは感染ではないということだ。たとえば手のひらにMRSAがついても、手洗いをすることで流れたり、死んでしまったりすれば感染は成立しない。なんとか洗い流されることをまぬがれたとしても、人の体の側も病原微生物から身を守るための警戒システム(免疫)がある。免疫の目をかいくぐり、増殖して感染が成立するためにはある程度の数の病原体が侵入する必要がある
 感染の成立にどのくらいの病原微生物の数が必要かは病気によって異なる。少ない数で感染する病気は「感染力が強い」といえ、逆に感染が成立するのに大量の病原体が必要な病気は「感染力が弱い」といえる。少ない病原体数で感染する病気としては、ノロウイルス(以前は小型球形ウイルスと呼ばれていた)感染症がある。ノロウイルスは冬のウイルス性胃腸炎の原因となり、福祉施設等で集団発生も起こっている。逆に感染力の弱い病原体としては、エイズの原因となるHIVウイルスがそうだ。筆者は保健所勤務時代に「エイズ患者さんとキスしても感染しません。感染が成立するウイルス量は唾液だとバケツ一杯くらいです」とか説明していた。いかに感染力が弱いかわかるだろう。一般に性感染症の病原体は感染力が弱い。なぜなら性行為ではお互いの体液をやりとりするくらい濃厚に接触するので、感染力の弱い病原体でも感染が成立してしまうからだ(本連載のテーマである疥癬も感染力があまり強くなく、ずっと性感染症だと認識されていた)。