感染症対策におけるハウツーの限界 その1

 ここ何日か(雑談で脱線した日を除いて)疥癬だけにとどまらない感染症の一般に関する基礎知識について解説している。前回は感染症予防の面から見た高齢者施設の特性について書く予定だが、その前に、makikuniが高齢者福祉に携わる方々に感染症の基礎知識を身につけて頂くことが重要だと信じている理由を述べたい。
 私は今まで疥癬対策のアドバイスをするためにいろいろな施設を訪問し、現場の職員さんから多くの質問を受けてきた。その中である一定の傾向があることに気がついた。多くの質問者は「○○してください」という特定の指示を与えるような回答を受けると安心するようだ。「う〜ん、ケースバイケースですね。一概にはお答えできません」とか、「もっと詳しく聞かないとお答えできません」とか答えると、ほぼ100%の質問者の顔にがっかりした表情が浮かぶ。どうやら私は「専門家」という名のブラックボックスで、質問を入れればどんな疑問にも一刀両断に答えて欲しい、と期待されているようなのだ。感染症予防教育を行う上で、質疑応答は理解が不十分な点を補い、知識の定着をはかる意味で大変重要なのだが、あまりにもハウツー的な質問ばかり続くと、正直うんざりする。そこでいちいち指示を求めずに自分たちで考えて行動できるように、感染症がなぜ起こるか(疥癬はなぜ発症するか、など)の仕組みをできるだけ平易に説明することにした。
 しかし、それでもハウツー系の質問が途絶えることはなかった。私は再考を余儀なくされた。どうやら現場で働く介護職たちは「専門家がいるのに、そのご意見を伺わずに自分で考えて行動してはいけない」と思っているようなのだ。
 では介護職たちは専門家に訊けないときはどうしているのだろうか?私は興味を持ち、知り合った介護職に片っ端から尋ねてみた(以下の考察は正式なアンケートに基づいたものではなく、私の当て推量です)。まず、現場で悩んだ場合は先輩に聞いてみることが多いようだ。また雑誌やマニュアル類をチェックするという人もいた。しかし疥癬の場合、情報源によって相反する対策を勧めていることもある。そのような場合は、「直感的に納得できる」ほうの対策を採用しているように思われた。たとえば疥癬を防ぐために虫除けスプレーを撒いている人を見かけるのは、その行為が「いかにも効きそう」に見えるからだと思う(ちなみに疥癬予防に虫除けスプレーは意味がありません−理由は本連載第6回http://d.hatena.ne.jp/makikuni/20060422/p1に書いたので省略)。皮肉な物の言い方をすると、このような対策はヒゼンダニよけの儀式でしかないのだが・・・。
 本稿続きます。