第7回疥癬治療薬に共通する特徴

 前回は疥癬の原因となるヒゼンダニの弱点について説明し、ヒトから離れたダニはすぐ死んでしまうので洗濯や掃除は疥癬対策の上で重要ではないこと、最優先課題はヒトの体表のダニを疥癬治療薬でたたくことであることを述べた。今回はヒゼンダニをやっつける薬に共通する性質を述べ、次回以降でそれぞれの薬の特徴を解説する。疥癬治療薬を処方するのは医師の仕事だが、みなさんも薬の効く仕組みを知って、効果の高い対策を立ててほしい。

根治療法と対症療法

 疥癬の治療薬の話に入る前に、病気の治療方法は、大きく分けて根治療法と対症療法の2種類に分けられることを頭に入れておいてほしい。根治療法は病気を引き起こしている原因そのものに働きかける治療法であり、対症療法は病気の原因には作用せず、不愉快な症状を抑える治療法だ。細菌性の扁桃腺炎を例に取ると、抗生物質でのどに巣くった細菌をやっつけるのは根治療法で、痛み止めを飲むことが対症療法にあたる。疥癬では殺虫剤による治療が根治療法に当たり、かゆみ止めは対症療法になる。根治治療をせずに、対症療法だけしていても疥癬は治らない。疥癬の場合、かゆみ止めは補助的に使う薬で、治療の主役は根治療法である殺虫剤である!それでは疥癬の薬一般に共通する性質について説明しよう。

疥癬の薬のポイントその1 殺虫剤であり、かゆみ止めではない

 ます疥癬の治療薬は殺虫剤であり、かゆみ止め効果はない。疥癬の治療をして痒みが治まってくるのは、痒みの原因となっているヒゼンダニが死んで皮膚から脱落するからで、疥癬治療薬にかゆみ止め効果があるわけではない。殺虫剤であるから、薬によって差はあるものの、毒性がある。疥癬が怖いからといってむやみやたらと使いすぎるのは禁物である。
 「ちょと待って!オイラックス(一般名はクロタミトン)はどうなの?」という質問が飛んできそうだが、疥癬に使うオイラックス*1には痒み止め効果を期待しない方がよい(根拠は次回以降、個々の疥癬の薬について説明する際に示す)。

ポイントその2ダニが死んでも痒みが残ることがある、だらだら治療を続けない!

 本連載の五回目で、疥癬で痒くなるのはアレルギーによるものだと解説した。疥癬治療薬を塗ってヒゼンダニが全滅しても、しばらく痒みが残ることがある。しかし規定の回数治療を行ったなら、ダニは全滅しているはずなので、痒いからといって疥癬治療薬を塗り続けるのはやめよう。不必要な上、副作用が起こる可能性が高まってしまう。治療後の痒みに対しては、対症療法として、抗ヒスタミン外用剤などを処方してもらおう。ステロイドは痒みに優れた効果を持っているが、本連載ですでに述べたように疥癬を悪化させるので、使わない方がよい。痒みが強くて使わざるを得ない時は、医師にダニがいないことを確認してもらって慎重に使用しよう。

ポイントその3 塗るときは全身に、発疹のところだけじゃダメ!

 第五回で説明したとおり、ダニは発疹のところにいるとは限らない。粘膜をのぞく首から下の全身にくまなく塗ろう。外陰部の毛の生えているところや、指の間にも、だ。爪の下はダニが隠れていることがあるので、歯ブラシなどを使用してきっちり塗ろう。また角化型疥癬では頭にも塗らなくてはならない。主治医の指示を守ろう。

ポイントその4 卵には効きにくい 原則として1週間おきに2回

 疥癬の治療薬はダニの神経を攻撃して効果を発揮するので、まだ神経が発達する前の卵には効きにくいし、卵の中には薬剤が入りにくい可能性がある*2。γ―BHCなどで1週間おきに2回塗布という指示が出ることが多いのは、一回塗布して、一週間おいて2回目の塗布を行い、生き残った卵からふ化した幼虫をたたくためである。疥癬に詳しい皮膚科医の大滝倫子先生は、一週間おきでの塗布を勧めている。これは塗る間隔を二週間以上空けてしまうと、生き残った卵から孵ったダニが次の世代の卵を産み始めてしまう可能性があるからだ。ヒゼンダニのライフサイクルを知ることが、効果的な治療のコツである。オイラックス疥癬をたたく効果があまり強くないので、五日から二週間、毎日塗るように指示が出ることが多い。安息香酸ベンジル(BBローション)は、参考文献が少なく、ドクターによって塗り方の指示に違いがあるようだ。

ポイントその5 薬を洗い流したら、衣服やシーツを交換しよう

 薬を塗るとヒゼンダニはわりとすぐに死ぬので、塗り薬を使用する場合皮膚から吸収された薬が副作用を起こさないように洗い流したほうがよい。洗い流した皮膚に衣類などに逃げて生き延びたダニが再付着しないように、衣類やリネン類を交換した方がよい。

ポイントその6 疥癬の薬を消毒代わりに使わない

 疥癬がはやっている施設の職員が「疥癬になっちゃうのが心配、なんだか手が痒くなってきちゃったから念のためオイラックス塗っておこう。ぬりぬり♪」と、手にだけオイラックスを塗る、というのはよくあることらしい。疥癬治療薬を消毒代わり、予防薬として使うのは、三重・四重の意味でやめてほしい。第一に、上記の通り疥癬治療薬には毒性があるので、きちんとした診断を受けてから、使うべきものだからだ。第二に、本連載の第五回で述べたが、疥癬の塗り薬は首から下の全身にくまなく塗らないと意味がないからである。第三に、中途半端に殺虫効果のある薬を塗ることで、疥癬の確定診断をつけるのが難しくなってしまう。第四にだらだら使っていると疥癬治療薬で接触皮膚炎が起こる人もいる(本当の疥癬に罹って使いたいときに使えないという情けないことになり得る)。
疥癬

*1:疥癬治療にはステロイドを含まない単味のオイラックスを使用する。薬局で市販されているオイラックスはすべてステロイドが混ざっており、疥癬治療には使えない

*2:ヒトヒゼンダニの卵の内部に薬剤がどの程度入るかは文献をまだ見つけられていませんので、煮え切らない記述をしています